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試合の翌日ということもあり、今日は軽い練習だけ
登板後はノースローを貫く浩臣だけに、いつもキャッチボールの相手をしている竜也はペアになる相手がいない状況

「悪ぃな。今日はガチでボール投げたくないんだ」
いつもはキャッチボールくらいは行う浩臣が、今日は勘弁してとの懇願なのでしょうがない状況

部員18人、毎度のことなのでペアが完成しているのでどこかに混ざるのも面倒だなと思った竜也はいつもの悪知恵で何かを画策する

予備のグローブを片手に、こっそり忍び寄った相手はまさかの祐里
無言でそれを手渡すと、キャッチボール手伝ってとの無理難題

「私? 運動苦手なのあんたが一番知ってるじゃん」
言いつつ、仕方ないなーという感じで本当に軽いキャッチボールをすることに

竜也はしっかり祐里が取れるように優しいボールを投げているが、祐里は地面に叩きつけるやらあらぬ方向へ投げるわの散々なそれ

「おいおい、それじゃレギュラー取れないぞ」
笑いながら渡島がそう冷やかすと、祐里はもう嫌だという感じでお手上げのポーズ

「こいつが友達いないから付き合ってあげてるだけなんですから」
そう突き放されたのに、竜也は胸を張って大きく頷いてみせる

「いや、いい練習になった。試合でさ、真っすぐにボール飛んで来ることなんてないんだし」
言って、ありがとなと真顔でお礼を述べる

「そういえば監督、練習後ちょっと出てきて大丈夫ですか?」
竜也がそう続けると、渡島は小さく頷いた

晩飯の時間までには戻れよと続け、渡島は他の選手の元へ向かって行った
それで祐里が、「まーたデート? ホントにあんたは」と呆れ顔

しかし竜也は悪びれもせずに頷いている
「昨夜さ、オンライン対戦の麻雀で松村にぼっこぼこにされて。その兼ね合いでな。何だったら一緒に行くか?」

竜也がそう誘うと、祐里はすぐに被りを振った
「いや、いいよ。松村に悪いしさ。けど、私もちょっと出かけてこよ」

言って、もういいよね? と続けてグラブを竜也に戻そうとしたが、竜也がバックに仕舞っといてと返したのでわかったーと言ってベンチへ戻って行った


§


翌日、準決勝前日
通常メニューの練習が行われているが、竜也は“体調不良”により欠席している

腸炎。安静にしてれば治るそれで、いつものように渡島が許可は得ている
午前の練習がひと段落し、渡島はデータ分析があるので退席済み
休憩に備えていったん宿舎に戻ろうかというタイミングで、安理が何気なく苦言を呈している

「しかし、昨日抜け出したくせに今日練習サボりとかとんでもないやつだね」
言って、あーあとわざとらしくため息をついている

「緊張感の欠片もなくて、ああいうプレッシャーに鈍感なやつが羨ましいよ僕は」
それで周囲は失笑していたのだが、浩臣がそれを窘めている
そんなわけないだろと続けると、安理が真っ向からそれを否定してみせる

「いつも飄々としてるじゃないか。まあ打席に入る前の集中力だけは凄いと思うけど」
安理がそう続けたので、浩臣は小さく首を振った。言いたくなかったんだけどなーと言いつつ、近くにいた祐里のほうをちらっと見る
それで祐里が、いいんじゃない? と返したので浩臣はまた頷いた

「一昨日か。朝の4時過ぎだったかな。竜な、部屋から出て行ったんだよ。んで戻ってきたら顔面蒼白で。俺ビックリしてな、どうしたって聞いたらあいつ“あちゃー”って顔して。見られちゃったかーって」
浩臣がそう話すと、今度は祐里が続けている

「あいついつもなんだよ。試合当日は吐き気が止まらないって」
1年の市予選の決勝の日、祐里の父親が乗せていくと言ったので竜也を迎えに行ったときの話
待ち合わせより家に早く着いたので、竜也の母親があがって待ってねと言ったので素直に従ったのだったが

居間に竜也の姿がなく、それを聞こうとした矢先の出来事
トイレから口を押えて出てきたのは、まるで別人のように憔悴しきった顔面蒼白な竜也の姿

思わず祐里が大丈夫なの? と問いただすと、竜也が返答する前に竜也の母がいつものことだから気にしなくていいよと応えている
それで竜也も頷いて、「大丈夫だから。あと絶対みんなに言わないで」と返したので、今の今まで内緒にしていただけのそれ

「部屋のトイレだと俺にバレるからって、わざわざ違う場所行ってたんだからな。結局バレたんだけど」
浩臣がそう話すが、まだ安理は納得できていない様子で去年まで竜也と“同室”だった京介にそれを聞くことに

「うん、本当の話だよ。明け方になると、いっつも真っ青な顔で部屋から出て行ってたからね。絶対言うなよって念押されてたし、実際試合では何事もなかったから僕も内緒にしておいたわけ」
言って、京介はじゃあ僕は戻るねと言って足早に去って行った
同意を誰からも得られず、それどころか完全論破され項垂れなぜか跪いているいる安理を“捕われの宇宙人”のように樋口と和屋がそれぞれ抱えて拉致していく(06年斉藤和巳ism)

なぜか和屋が「杉浦にゴメンって言っておいて」と祐里に呼びかけ、祐里はあははと笑ってそれに応じる
去って行く3人を見つつ、浩臣は祐里に笑いかける

「やべえな。余計なこと言うなって怒られるだろこれ」
ばらしてしまったことを浩臣が自嘲すると、祐里はああねと頷いてそれを否定できない

「まあ今のは玉子が悪いんだし」
言いつつ、きっと竜也は安理に対しても怒らないだろうなと思っていた
それどころか...

「竜のことだし、サボり魔でいいよーって言いそうじゃない?」
そう問われ、浩臣はニヤリと笑って頷いた。だな、間違いないわと

「戻っていちおう謝っとくか」
浩臣がそう続けると、祐里は笑みを浮かべたまま首を振る
怪訝な表情を浮かべた浩臣に対し、祐里はふふと微笑んで小さく頷いた

「今あいつ、絶対監督の部屋にいるよ」
祐里はそう確信していた